お肉大好きだった私が、31歳でまさかのビーガンになった理由

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ブログを始めて43日目、本記事で41記事目を迎えました。

本当に毎日たくさんの方に読んでいただいて感謝の気持ちでいっぱいです。

 

ビーガンの世界のニュース書いているけど、「この人誰?」「そもそもビーガンて何やったけ?」ということをちゃんと説明していなかったので、改めて自分がビーガンになった理由、このブログを運営している想いについて形にしておきたいと思い記事にしました。

 

ちょっと長いですが、全くビーガンに興味がなかった私が180度変わった経緯を綴っているので、ビーガンについての違和感や疑問が少しスッキリするかもしれません。読んでいただけたら幸いです。

 

ビーガンになった2つの理由

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まず冒頭にビーガンになった理由を端的に言っておくと、

動物性食品を食べることは、①必要性がなく、②許容性がない(=手段が残酷)ということが理解できたからです。

 

法律家のようですが、必要性も許容性もないことは是認できませんよね。

これから、お肉大好きだった私がビーガンを選んだ経緯を綴って行きたいと思います!

まず、筆者について

今年31歳、夫と二人でスペイン暮らし。九州で高校生まで過ごし、19歳で上京、大学・会社員と11年東京に住んだ後夫の仕事の都合で2018年にスペインにやってきました。東京にいた頃は朝から遅くまで働く社会人生活を送っていました。

現在は主婦業とボランティアを少々やっています。スペイン語を勉強し友達を作り、できるだけ現地の暮らしを知るように心がけています。

 

お肉大好き!「ビーガン?は?」

私は多くの人と同じように、小さい頃から動物性食品を食べて生きてきました。

大人になってからは美味しいものも覚え、頻繁に焼き肉に行ったり高級フレンチでフォアグラを食べたり、インスタ映えするようなキラキラしたアラサー社会人の優雅な食事も楽しんでいました。「大人は本物を」と思って革のバッグも靴も買っていました。

そんな私には当然、ビーガンの「ビ」の字もありませんでした。

 

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私にはアメリカ在住で10年近くビーガンの姉がいて、「ビーガン」という言葉自体はだいぶ前から知っていました。

 

姉が一切の動物性食品を口にしないのも何年も見て来ました。

折に触れてビーガンが何かを聞いたこともありましたが、「ま〜肉食べなきゃ生きて行けないからね。食物連鎖っしょ!」という浅はかな考えでビーガンを理解しようとすらしませんでした。むしろ「肉を食べない」ビーガンは自分の生き方と逆行するので、自分を正当化するためにあえて深く踏み込まなかったのかもしれません。

 

だからこそ、ある日テーブルに出されたチキンを目の前にして「もう食べれん」と言った日には誰よりも自分が驚いたのです。 

ビーガンについて無知すぎた私

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今年10月、姉の事業を手伝いにロサンゼルスに行きました。記事でも紹介していますが世界で初めてのビーガンファッションブランドのランウェイショーがロサンゼルスで行われました。

そこに参加したときに、初めて「ビーガン」とは何かを知ることになったのです。

 

世界中からビーガンブランドの創始者、経営者、インフルエンサー、アクティビストが駆けつけ、パネルディスカッションで彼らの話を聞きました。

 

「気候変動が…」

「アマゾンが燃えている…」

「水不足が…」

「持続可能性が…」

「世界の飢餓が…」

 

これらの言葉が頻繁に飛び交います。

私は最初「ん?何これビーガンじゃなくて他の話?環境問題?」と戸惑いました。

食べ物も動物の話も出てこないからです。そんな私をよそに観客は皆思い思いに質問をし議論が活発化していきました。

 

「ビーガン=動物愛護」でしょ?

 

という方程式しか持ち合わせていなかった私には、ここでの議論が全く理解できなかったのです。

 

周囲の外国人に取り残されまいと耳を澄ましました。

違う、彼らは間違いなくビーガンについて語っている。

そして、ビーガンは地球が抱える問題全体に影響する何やらめちゃくちゃ大きなことなんだと、そのとき初めて知ったのです。

 

この会場でちんぷんかんなのは私だけじゃないか?と恐ろしく恥ずかしくなりました。

ビーガンを知るために私が見たもの 

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そこからこのイベント2日間に、他のブースをうろついてビーガンのことを教えてもらったり、悲しくて痛ましい動物のビデオを初めて目にすることになりました。

 

一番ショックだったのは、生まれて間もない可愛いオスのヒヨコ達が、生きたままグラインダーというシュレッダー機械に放り込まれて粉々に血の海になっていく映像でした。最初は意味が分かりませんでした。オスのヒヨコが殺される意味も、生きたまま殺される意味も、これが世界中で起こっていることも、何もかも分かりませんでした。

 

「卵食べたさに私達はこんなことをしているのか?」と強い嫌悪感を覚えました。

「習慣」ほど頑丈な目隠しはない

ブースを歩き回っているとき、とあるお兄さんに出会いました。

ここでは私達が普段食べたり身に着けるために動物がどのような目に遭っているのかのビデオを公開していました。ここでも私は凄惨なシーンを目にしました。

 

「どう思った?」と近づいて来たお兄さんとここで30分ほど話すことになります。

お兄さんに正直にビーガンでないことを告げると、優しく様々な質問をされました。

 

「犬は可愛がって牛や豚は虐待して殺して食べる、この差は一体なんだろうね?」

 

「肉はガン、心臓病、糖尿病の原因なのに食べるの何でだろうね?」(※これは全く知らなかった)

 

「牛乳飲む国ほど骨粗鬆症なのに何で飲むんだろうね?」(※これも知らなかった)

 

と会話の中で問いかけられました。

さぁ、私の回答はなんだったでしょうか。

 

異なる彼の問いに対して、全て同じ回答。

 

「それは、小さい頃からの習慣だから…」

 

そう、私は自分で考えたことなどなかったのです。

 

自分の体に何が必要で何が不要かも分かっていない、習慣だからと動物を殺して食べている、しかも食べている動物がどうやって飼育されて殺されているかは全くの無知、無関心、無知無関心であったことにも気づいていない。

 

お兄さんの前で一人の人間として立ち続けることさえ恥ずかしくなりました。こうして私は自分の無知さに嫌気が指し、私の「習慣」という何ともくだらない理由のために惨殺され続けてきた動物達のことを調べずにはいられなくなったのです。

「肉を食べよう」の嘘を見抜け

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それから私はビーガン暦の長い人の話を聞いたり、凄惨なシーンは本当に怖いけどドキュメンタリーをいくつも見たり、講演を聞いたり、インターネットで国内外の情報を徹底的に調べました。その内容をシートにまとめました。

 

自分が食べてきた

牛肉、豚肉、鶏肉、牛乳、羊肉、卵、魚

 

自分が着たり使ってきた

毛皮、牛革、ウール、羊皮

 

なのに自分が知らなかった

屠殺方法、飼育方法、屠殺までの育成期間と本来の寿命、虐待の事実、日本と海外の規制比較、持続可能性、人体への影響、健康被害、製造に伴う人権侵害、気候変動への悪影響、環境汚染、環境破壊……

これらの項目を書き殴るようにして毎日毎日調べました。

 

また、なぜ自分が肉・魚・牛乳・卵が体に必要だと思い込んでいたのか、知らず知らずに刷り込まれていた「神話」についても調べました。

 

大量に動物性食品を消費させて儲けて、病気になった人間には一生薬を飲ませてまた儲けるという仕組みになっていることを知りました。儲けているのは大企業と政府と消費を促している機関などです。

 

体に良くないという研究結果も読みました。WHOが肉に発がん性を認めていることもこのとき初めて知りました。植物ベースの食事によってガンを克服した人も見ました。大きな権力と結びついてお金をもらって体に良いと言う研究者がいることも知りました。

 

アメリカにはビーガン歴60年で104歳まで医学研究に人生を捧げた素晴らしい外科医の方がいたことも知りました。実際にビーガン歴20年以上のめちゃくちゃ艶のあるかっこ良いデザイナーの方にもお会いしました。世界中にムッキムキのビーガンボディービルダーがいることも知りました。

 

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そうして私はついに気づいたのです。

 

動物性食品、

食べる必要性、

どこにも、

ないじゃん……!!

 

人間には動物を殺さずに生きていける選択肢があるのだから、それを選ぼうという単純明快な答えが待っていました。ここが野生のライオンと我々人間の違うところです。

ブログを書かずにはいられなかった

アメリカから帰ってから2週間、夜眠れませんでした。あの凄惨なシーンが脳裏にこびりついて、気づくとベッドの中で何度も涙を流していました。

 

SNSも大の苦手、自分の考えや生活を披露することには抵抗しかなかった私が、頭の中でぐるぐると回り続けるこの考えを、日本の皆さんに知ってもらいたいと思うに至ったのです。

 

「動物を守ろう。健康を守ろう。環境を守ろう。」と抽象的な呼びかけで終わらないよう、実際に世界ではどのように具体化されて推進されているのかをお届けしたく、日本で報じられていない世界中でビーガンを取り入れている国や企業、人々の取組みを見つけて記事にすることに決めました。

それが日々更新している「世界時事ニュース」です。

 

みなさんに、習慣という名の目隠しを、ブログを読んでいる間だけでも外して、現実を見てもらいたいのです。

別に動物好きではない

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このようにして私はビーガンになりました。しかし、私は別に動物好きではありません。親の方針でペットを飼ったこともなく人生で動物と深く関わったことはありません。31歳の今でも人が連れている犬猫が寄って来てくれても触り方さえ分からず、「毛並みがいいねぇ」「大きいねぇ」とか遠くで言ってるくらいで丁度良いです。

 

「愛護」は「かわいがって庇い守る」という意味。動物を可愛がった経験がなかった私は、「動物愛護」と聞くと少し過剰な印象を持っていました。彼らは人間が庇い守らなくても自分達で強く生きて行ける生き物だからです。

 

だから、私はビーガンの最終形態は動物愛護ではなく人間の動物への介入を最小化する「動物解放」だと考えています。可愛いから、美味しいから、実験に使いたいから、触りたいから、乗りたいから、見たいから…そんな人間の一方的な都合で利用するのはやめて、自然な暮らしを返してあげるべきだと思います。

 

勿論行き場のない動物、傷ついた動物を守るサンクチュアリなどは必要だと思います。サンとアシタカのようにお互いを慈しんでも、お互いの環境を尊重するのが大事だと思うのです。

甥と姪が死ぬほど大好き

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私にはいま9人の甥姪がいます。

私が末っ子なので初めて身内の赤ちゃんを見たのが甥っ子でした。赤ちゃんには不思議なパワーがありますね。愛おしい気持ちが溢れて、生まれたてのその小さな男の子と、言葉は交わせなくてもすぐに仲良くなりました。こんなに可愛い存在は世界にあるのかと、心から感動したのを覚えています。

 

 

大好きな甥姪には年に一回くらいしか会えませんが、成長ぶりやその憎まれ口さえも可愛く、ずっと幸せで素敵な人間に育ってほしいなと、親でもないのに真剣に思っています。

 

人間の誕生を祝福して大事に大事に見守って来たつもりの私。私達と同じ動物の命が祝福されない世界の一部になることなど、もう考えられませんでした。私にできるのは、動物を食べないこと、着ないこと、使わないこと。たったこれだけをやめるだけです。

人道的な畜産など存在しない

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工場式畜産じゃなくて牧場でゆっくり草を食んでいる牛なら幸せそうだし、可哀想じゃないよね?と私は思っていました。「日本の畜産は海外より人道的そうだし!」と勝手な幻想も。

 

牧場で草を食んでいる牛は果たして幸せなのでしょうか?

 

彼らは生まれて間もなく麻酔なしで睾丸をちぎるように去勢されています。麻酔なしで神経の通っている角を切除されています。耳に番号札をホッチキスされています。敏感な鼻に輪を通されています。太らせるために本来食べない穀物を与えられています。餌に抗生物質が混ぜられています。膣に手を入れ妊娠させられています。尻尾を取っている農家もあります。本来の寿命は20年、屠殺されるのは生後18か月です。そして大前提、人間の都合で品種改変が重ねられています。

 

「体の細工も終わったし外で草を食んでおいで〜!ま、肉付きがよくなった頃に殺すけど!」

 

牧場で草を食んでいるのは、こんな運命を背負わされた牛達です。

どこかに、幸せな要素があったでしょうか?

 

私達が動物にやっていることは、濁さずにはっきり言えば、レイプ、暴行、傷害、大量殺戮です。殺されることが決まって番号で管理されている彼らにいかなる飼育方法を施そうとも、幸せな人生だったなどと言うことは不可能です。人道的な畜産などこの世に存在しないのです。

 

青空のもとで草を食んでいる牛の一場面を切り取ってパッケージにする、あたかも自然な生態を尊重しているように見せかける、それをそのまま受け入れる、これこそがマーケティングです。「無知」はとても怖いことです。 

"ビーガン=野菜を食べる人"ではない

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ここで改めて定義すると、ビーガン(Vegan)とは日本語で完全菜食主義と呼ばれ、肉魚、乳製品・卵、はちみつなど一切の動物性食品を食べないことを指し、菜食先進国イギリスで生まれた言葉です。

 

ビーガンで大事なのは、野菜を食べていることではなく、「動物(他者)からの搾取をやめよう」という考え方を持っていることです。

 

それが食事においては完全菜食主義になり、ファッションにおいてはレザーを着ない、美容においては動物実験なしの化粧品を使う、家事においてはエコ×動物実験なしの洗剤を使う、ショッピングにおいては労働搾取をしていない適当価格の商品を買う・・・というように表出される訳です。

 

なので、自分の健康のために動物性食品をやめることは厳密にはビーガンではありません。よく「ビーガンやったけどやめちゃった」という人がいるのは動機が自分へのメリットの有無にあるためです。それは「プラントベースダイエット(植物ベースの食事法)」であって「ビーガン」ではありません。

 

ただ、実際ビーガンになると実は大きなメリットがあります。世界を見る眼力が劇的に研ぎすまされます。

真実を見通す洞察力、他者を慈しむ思いやりの心、自分の習慣を変える行動力、生活が不便になっても信念を貫き通す芯の強さ、些細なことにも感動できる力が確実に備わっていきます。 

まとめ

いかがでしたか?ここまで長い間読んでくださりありがとうございます。

今回は私がビーガンになった理由と、頭の中で考えていることを少し記事にしました。

 

冒頭に書いたビーガンになった理由2つ

・必要性がない

・許容性がない(=手段が残酷)

を納得するに至った経緯が少しでも伝わっていれば幸いです。

 

優しい世界にしたい一心です。

その第一歩はこの過激で悲しく残酷な世界を目を開けて見ることからしか始まりません。読んで気になった方はぜひ勇気を出してドキュメンタリーなど見てみてください。この記事がどなたかの一歩に繋がれば、とても嬉しいです。

 

 

ありがとうございました!